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移住コーディネーター

実家で自営型テレワークを実践
仕事も趣味も、故郷で継続

山田町へ
Uターン

CADオペレーター

田澤美幸さん

(山田町出身/2021年移住)

山田町出身。岩手大学工学部建設環境工学科(現・理工学部システム創成工学科)卒業後に上京。都内の設計会社などに勤務したのち、2018年に個人事業主として独立。2021年6月に山田町にUターン。実家にて両親と暮らしながら、受注した仕事をリモートでこなす自営型テレワークを実践中。(2022年度取材)

自由な生活で感じた停滞感
自分を成長させるためのUターン

新型コロナウイルス感染症の拡大を機に普及したテレワーク。2021年4月からは、移住前の仕事を岩手でも継続するテレワーカーも「岩手県移住支援金」の対象となりました。設計図面をコンピューターで作成するCADオペレーターの田澤美幸さんは、2021年6月に東京から山田町にUターン。自営型テレワーカーとして、ご両親と同居する実家で、受注した仕事をこなす働き方を実践しています。

田澤さんが製図に興味を持ったのは小学生の時。造船技術者である親戚のお兄さんに設計図面を見せてもらったことがきっかけに。高校はお母さんのアドバイスもあり、製図を学ぶ建築設備科のある宮古工業高校に進学しました。
「女子生徒が少ないので、団体競技の部活に参加するにはマネージャーになるのが普通でした。でも、どうしてもプレイヤーになりたくて、学校中の女子に声をかけて女子バレーボール部を作ったんです。最初は練習場所を確保することすら大変でしたが、3年生の最後の大会で初めて1勝をあげることができました。あの時の頑張りが、今の自分の基礎になっているように思います。」
岩手大学理工学部で学んだのち、山田町役場の職員採用試験を受けるも残念ながら不合格に。子どもの頃から漠然と思い描いていた町の土木技師になるという進路が絶たれたことで、意識は180度変わることに。
「それならば、まったく違うことをしてみようと思ったんです。当時は就職氷河期だったこともあり、未経験の自分でも職につけるよう、チャンスの多い東京に行くことにしました。」

東京でいくつかの職種で働いた後、もう一度、製図の道へ。設計会社の社員としてCADのスキルを10年程磨いたのち、2018年に個人事業主として独立。自宅で、1人で仕事をして1人で生活する自由な日々に、やがてコロナ禍が影を落とします。
「外出の機会も減り、友だちにも会えず、ただ増えていく1人の時間に、仕事をしているとは言え、行き詰まりを感じるようになりました。多少緊張感があって、不自由なくらいの方が、自分には成長のチャンスがあるなと思えるんです。」
停滞感から抜け出し、自分を成長させるために選んだ方法が、両親との実家暮らしでした。

船越半島の最南端にある「荒神海水浴場」。エメラルドグリーンの海と白い砂浜を楽しめる。

 

Uターンで整った
メリハリあるテレワーカー生活

山田町の実家で、両親の生活リズムに合わせた暮らしを始めた田澤さん。起床後、身支度を整えてから家族そろって朝食。仕事部屋で作業を始め、昼食時に休憩。夕方には作業を終えて、庭で日課の運動の縄跳び。夜には食事の準備を手伝い、家族で夕食を囲みます。
「朝は小鳥のさえずりで目を覚まし、夜は満天の星空を見てから眠りにつきます。自然が身近なので、少し窓の外を見るだけで仕事の気分転換ができるのがいいですね。実家で飼っているカナリアも癒しです。」

テレワーカーにも支給される移住支援金は、テレワーク環境を整える費用に補填。自宅用オフィスチェアの購入や、自宅の光回線の導入に活用したそうです。
「通信速度はまったく問題ないです。服や日用品なども、よくネットショッピングしています。お菓子作りが大好きなので、一般のスーパーには売っていないような食材もネットで購入して、東京にいた頃と変わらずに楽しんでいます。」
お菓子作りと同じく田澤さんの大切な趣味が海外旅行。行楽目的ではなく、「未知の場所で自分がどれだけできるかを試す修行のようなもの」と、代理店を使わず個人手配で2週間ほど滞在することが多いそうです。山田町にUターンしてからも、仕事で東京に打合せに行ったり、国内旅行に出かけたりと、遠出する機会は多いそう。
「山田から新幹線に乗る場合、三陸道で宮古に出て(車で約30分)、そこから宮古盛岡横断道路で盛岡駅に行く(車で約90分)というルートが多かったのですが、去年10月から三陸高速バス“宮古・気仙沼・仙台線”の運行が始まりました。陸中山田駅から仙台駅まで3時間半程です。乗り換えなしで仙台駅まで行けるのは便利ですね。」

同級生の友だちと一緒に楽しんでいるというのは、長距離自然歩道「みちのく潮風トレイル」のトレッキング。リアス式の断崖が続く海岸線や、太平洋の水平線を眺めながらのトレッキングは爽快感抜群です。
“海の十和田湖”と称されるほど波が穏やかで美しい山田湾のある山田町は、マリンスポーツや体験観光が盛ん。ここ数年は、山田湾の真ん中に浮かぶ周囲約900mの無人島「オランダ島」での無人島キャンプが注目を集めています。
「戻ってきてから、山田の持っているポテンシャルの高さに気づき、 “自分だったらこんなPRをする”とか、“もっとここを活用する”とか、友だちとそんな話をすることも多いです。ずっと山田にいる友だちと、戻ってきた私と、何か地域のために役立つ活動ができたらいいなと、考えることも多いです。」
前向きでチャレンジ精神旺盛な田澤さん。地域のためにプレイヤーとして生きるという新しい目標に、希望が広がります。


田澤さん手作りのお菓子(左)フルーツタルト(右)台湾風マンゴーケーキ

「鯨と海の科学館」に隣接する船越公園で縄跳び

Q&A

山田町の好きな食べ物は?

養殖が盛んなカキとホタテは、やっぱりおいしいですよね。あとは、山田の郷土菓子「すっとぎ(豆しとぎ)」です。煮てつぶした青大豆に米粉と砂糖を入れて練った生菓子です。大好きで、東京にいる頃も、銀座にある岩手のアンテナショップ「いわて銀河プラザ」で、冷凍販売しているものを買っていました。

山田町での子ども時代の思い出は?

毎年9月に開催される「山田祭り」が楽しみでした。近寄ったら危険なほど激しくぐるぐるまわる「暴れ神輿」や、神輿を担いだまま海へ入り練り歩く「海上渡御」など、海の町らしい勇壮なお祭りです。郷土芸能の披露も多く、私も小学校6年生から高校生まで「神楽」で参加しました。

会社員ではなく、独立を選んだ理由は?

毎日電車に乗って通勤したり、仕事量の多寡に関係なく勤務時間は毎日一緒だったりと、会社員としての働き方に疑問を持つようになったからです。ヒマな時間が嫌いなので、閑散期に会社にいるのが特に苦手でしたね。 “しょうがない”とあきらめる前に、解決のために動いてみようと思うタイプなので、独立する道を選びました。今となっては「ネット環境さえあればどこでも働ける」というのは、大きな利点ですね。

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