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移住コーディネーター

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子どもたちの心に残る防災教育を。
過去を伝えて地域の未来を守りたい

釜石市へ
Uターン

川崎杏樹さん

いのちをつなぐ未来館 職員

川崎杏樹さん

(釜石市出身/2019年4月移住)

釜石市出身。中学2年生時に東日本大震災津波を経験。高校卒業後は山梨県にある都留文科大学に進学し、卒業後に釜石にUターンして、「いのちをつなぐ未来館」にてガイドや語り部を行う(2021年度取材)

故郷のためにできることを探しに県外へ

釜石市北部に位置する「鵜住居(うのすまい)」町。少し変わったこの地名の由来は、その名の通り“鵜が生息していたから”とも、“入り江があるところ”を意味するアイヌ語とも言われています。
鵜住居川の河口部にあたる鵜住居は、東日本大震災津波で甚大な被害を受けました。津波伝承施設「いのちをつなぐ未来館」で語り部を務める川崎杏樹さんは、鵜住居で被災した一人。
「子どもたちが自分の命を守ることは、地域を守ること。人と地域の未来を守る防災教育の大切さを伝えたいです。」

海、山、川と鵜住居の豊かな自然を遊び場に育った川崎さん。子ども時代から勉強や運動以外にも、この鵜住居で身につけてきたこと。それが、地域の伝統芸能「外山鹿踊(そとやまししおどり)」と、防災教育「津波てんでんこ」です。
「津波てんでんこ」は、「津波が来たら、いち早く各自てんでんばらばらに高台へ逃げろ」という古くからの言い伝えのこと。災害時、あらかじめ互いの行動をきちんと話し合っておくことで、その場にいない家族を探したり、とっさの判断に迷ったりして逃げ遅れるのを防ぐという防災の心得です。
東日本大震災津波発災時、中学2年生だった川崎さんも、鵜住居小学校の小学生たちと手を取り、あらかじめ決めていた高台の避難場所から、さらに上へと逃げ、命を守ることができました。

大きく姿を変えた町で、高校生になった川崎さん。当時、鉄道はまだ復旧途中で、バスでの通学は大変でしたが、弓道部の活動や仲間が心の支えだったといいます。そして、卒業後の自身の進路に向き合います。
「自分が、釜石のために何ができるのか。そのことを考えるためにも、一度、釜石を外から見てみたいなと思いました。」
先生からの勧めもあり、山梨県の都留文科大学に進学。釜石市を研究対象とする教授のゼミに入ります。卒業論文のテーマは「防災教育のこれから」。
「フィールドワークでは、同級生たちにヒアリング調査をしました。そして、有効だった防災教育と印象的だった防災教育には相関関係があることがわかったんです。例えば、津波の速さで走行する車と競争したこととか。みんなで走った競争自体が楽しかったことも、同時に平地では津波からは走って逃げられないという学びも、どちらも覚えています。」

思いを新たに釜石へUターン
移住者との交流で気づいた故郷の良さ

4年間の大学生活の中で、より故郷への思いを強めた川崎さん。卒業後、釜石へ戻り、自身を守った防災教育の大切さを伝えるため、株式会社かまいしDMCに入社し、同社が指定管理者となっている震災伝承と防災学習のための施設「いのちをつなぐ未来館」で語り部に着任。自身の体験や、大学で学んだことを来館者や地域の子供たちに伝えています。

同期入社した6名のうち、5名は市外出身者。実際、川崎さんが普段会う友人や仕事関係者は、半数近くが移住してきた方だそうです。
「魚がまるまる一匹で売っていて安くておいしいとか、差し入れをたくさんもらえてご近所さんの人柄が温かいとか、私にとっては当たり前だと思っていたことを、移住してきた方はすごく褒めてくれるんです。それも嬉しいですし、移住された方を歓迎する釜石の懐の深さも、好きだなと感じています。 “鉄の町”として栄えて、たくさんの就業者を受け入れた土地の気風もあるのかもしれませんね。」
潤沢な鉄鉱石に恵まれた釜石は、江戸時代から鉄づくりが行われ、近代製鉄発祥の地であり、“鉄の町”として発展。現存する日本最古の洋式高炉跡と言われる「橋野鉄鉱山」は「明治日本の産業革命遺産」として世界遺産にも登録されています。

「新しく知り合う方も多いし、故郷を離れた友達もいます。だから、“私に会いに鵜住居に来た”と言ってもらえるような人になりたいですね。 “久々に会いに来たよ”と気軽に鵜住居に足を運んでもらえたら嬉しいです。」

 

沿岸エリアでの暮らしを満喫

川崎さんの現在の趣味はドライブ。沿岸エリアは復興道路の整備が進み、近隣市町村や盛岡などの内陸部へのアクセスが向上しています。そして、釜石市街地にもショッピングモールができたり、充実した公営施設が増えたりと休日を過ごす場所は増えました。でも、「やっぱり海が好きなんです。」と、ドライブするのはもっぱら海岸沿いが多いそうです。

今、楽しみにしていることは、新型コロナウイルス感染症の感染状況が落ち着いたら、大学時代の友人たちに釜石を訪ねてもらうこと。
「昨年、鵜住居の根浜海岸の砂浜再生工事がようやく完了しました。一緒に防災研究に励んだ友人たちに、穏やかで美しい釜石の海を見てもらいたいです。」

 

Q&A

Uターンして良かったことは?

山梨に進学して、初めて内陸の盆地で暮らしたのですが、夏は本当に暑くて、暑さが苦手なので大変でした。釜石も暑いには暑いのですが、「やませ」という冷たい風が吹くため、その分涼しく感じます。

「外山鹿踊(そとやまししおどり)」とはどんな郷土芸能ですか?

「鹿踊」は、鹿の頭をかたどった木製のしし頭をかぶり、鹿の動きを表現するように激しく跳びはねて踊る郷土芸能です。岩手県内に広く伝わっています。釜石というと、虎模様の胴膜を身にまとい、虎の頭を操りその動きを模して舞う「虎舞(とらまい)」のイメージが強いかと思いますが、この「鹿踊」も釜石市内だけでも「外山鹿踊」も入れて10団体以上あるんですよ。

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