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移住コーディネーター

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漁師の祖父と交わした約束を実現!
家族をともなって洋野町へ移住

洋野町へ
Uターン

馬場清志

漁師

馬場清志さん

(洋野町出身 / 2009年に移住)

(2017年度取材)

小さな頃から大好きだった海で
漁師になる夢を抱き続けてきた

「人に使われるのではなく、自分の力を試せるような仕事がしたかった。転職への不安も確かにあったけど、挑戦もせず後悔したくなかったし、なにより子どもの頃から船に乗ることが大好きだったんです」。
洋野町種市で、ウニやアワビを中心とした漁業を営む馬場清志さん。幼い頃から憧れだったという漁師になって8年、祖父の名を冠した小型船・第三十一清栄丸を繰って、今日も大海原へ出かけていきます。
幼稚園まで同町で暮らしていた馬場さんの楽しみは、漁師だった祖父の船で海に行くこと。小学校の時に両親の仕事の都合で宮城県仙台市へ転居したものの、お盆や正月にはかならず洋野に帰り、祖父と一緒に海へ出かけていました。仙台の建設会社へ就職してとび職として働いていましたが、間もなく同市出身の直美さんと結婚し、子どもを3人授かりました。それでも「いつかは漁師になる」と、周囲に夢を語り続けていたという馬場さん。 27歳の時、家族をともなってついに洋野町に戻って来たのです。
「帰省するたび『いずれ来るから』と話していた祖父は、船を残しておいてくれた。頑固だけどやさしい、海の男でした」。

馬場清志

仙台出身の妻直美さんと。「ここは隣近所もうちの子どもたちをみてくれるような環境」と子育てのしやすさを実感しているそう。

「宿戸の漁師」が自身のプライド
夢は祖父から息子へと繋がる

漁師を志していたとはいえ仕事経験はゼロだった馬場さん。「ロープの結び方、網の作り方ひとつわからなかった」と笑います。ここ洋野町種市はウニやアワビの素潜り漁がさかんであり、祖父をはじめ地域には多くの先輩漁師がいました。そんな人々から、漁具の使い方はじめ時には水中にいるウニの探しかたまで教えられた馬場さんは、移住後3ヶ月でウニの素潜り漁に挑戦するまでに。初水揚げは8キロでしたが、「祖父は『たいしたもんだ』と褒めてくれた」と笑顔で振り返ります。

馬場清志

第31清栄丸(4.9トン)。東日本大震災の時は沖で一夜を明かした。来年1月に来る新造船は7トンクラスで漁獲高拡大にも期待。

豊かな海からの恵みにあふれた洋野町でも、馬場さんが漁をする宿戸地区は特にウニやアワビの名産地として知られ、「出かけた先で『宿戸の漁師だ』と話す時が誇らしい」と言います。シケの時や水揚が悪い時など浮き沈みもありますが、やはり三陸屈指の漁場で仕事をする手応えと醍醐味は格別なもの。漁師仲間の繋がりも強く、また20代や30代の若手も着実に増えています。かくいう馬場さんの17歳になる長男も、将来は漁師をやりたいと話しているそう。そんな息子の夢を応援する母の直美さんは、この地での子育てのしやすさを強調。「のびのびと育てられるし隣近所も子どもを見守ってくれます」と話します。
来年1月には、現在の約1.3倍程大きな新造船の導入も確定。息子と二人、洋野の海で仕事をする日はそう遠くなさそうです。

馬場清志

水ダコ漁の最盛期は、海に仕掛けたタコカゴ240個から300個を毎日見回る。「タコは水温に左右されるので、穫れない年もあるんです」と馬場さん。

Q&A

宿戸の漁業について教えて!

メインは7月から8月のウニと冬場のアワビ。ウニはだいたい2ヶ月で7、8回の口開けがあって、女性たちもウニとりに参加します。アワビは素潜り漁で、50人の漁師が行っています。

漁師の暮らしはどんなもの?

夏場は水ダコ漁が始まると、前日の夜10時に起きて11時に出港、沖で作業をして翌日の朝9時に帰港します。帰ったあとは餌を作ったり漁具の補修や準備をして7時半頃就寝します。眠くなるので、船に乗っている間は食事はとりません。

移住希望者へメッセージを

漁師になって最初の年のアワビの収穫量はたった40万程度で「こんなんじゃ家族で生活できない」と思いましたが、今は勉強の時期と思い直しました。1、2年がダメでも簡単に夢を諦めないでください。3年目、4年目に頑張ろうと思うことです。

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