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岩手県在住作家によるリレー掲載

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第11回 圭子さん(2022年5月6日配信)/柏葉幸子

三年前から盛岡で私の母と同居している。父が亡くなり母一人を花巻へ置いておくのは心配だった。十年ほど前から認知症の症状も出始めていた。母は今年で九十五才になった。

私は、十八才で進学のため花巻の実家を出た。学校の夏休みや冬休みを実家で過ごしはした。結婚して娘ができてからは、仕事で上京するたびに母に盛岡へ来てもらって娘の世話をしてもらった。大人になってからもいっしょに暮らした経験があるつもりでいたが、やはり毎日のこととなると、へえー、母ってこんな人だったんだ!と驚くこともある。

こんなに鼻をかむのかと驚いた。岩手の言葉でいうと『鼻たらし』である。とにかく鼻水が出る。ティッシュをはなせない。ティッシュケースが目の前にあるのに、ポケットの中やポケットがなければ、セーターとお腹の間にティッシュをはさみこんでいたりする。アレルギー?花粉症?病院へ行くのはいやだ!そうだ。鼻をかめばいいのだという。

食事は卵があればいい。毎朝、砂糖を入れた甘目の卵焼きにお醤油をかけて食べる。自分で食べられるうちに、食べたいものを食べさせたいと思う。何が食べたい?と聞いても

なんでもいいと言う。これが、食べ物に異常に執着する私の母だろうか?と疑ってしまう。

ここ三年の間においしそうに食べるものは、あんこものだとわかった。おやつに、草餅、桜餅、きりせんしょ、あずきだんご、大福、おしること食べさせる。主治医に相談した。

「もう年も年ですし、食べたいと思うものを食べさせたいんです」

「そだね」

と、主治医は言ってくれた。

歩けなくならないくらい適度に食べさせていこう!その適度がねぇ…なのである。盛岡で3キロ太らせてしまった。

弱いくせにお酒は好きだ。お酒だとわかっていて、

「それ何え?」

と、私が飲んでいるワインやビールへ手を伸ばす。何十年も前だが、韓国へ連れて行った時、市場の屋台で、アルミカップでマッコリをごくごく飲んでいた。

「昔、農家に行くと、こたつの中でどぶろくを作ってて、まあ、おいしくて。それに似てる」

と言った。すぐ真っ赤になって寝てしまった。今、手に入るマッコリは昔のどぶろくには似ていないらしく飲まない。

私への認識は売れない物書きというものだ。そこは正しい。たまに、おかしなことをすると、自分でてれくさそうに笑いながら、

「書いていいから。私の母はこんなおかしなことをしましたって書けば、ユーモア小説になってベストセラーになる」

と太鼓判をおしてくれる。

「きっと、うちの母もそうだった。父もそうだったって、笑うどころか涙、涙だと思うよ」

と言えば不服そうな顔になる。

どうしてそんなおかしなことをする?と私が問い詰めると、

「まるでドラマの刑事みたいな物言いをして!私は犯罪者じゃありません!」

と開き直る。

花ちゃんと名づけた八十センチはある日本人形をかわいがっている。いつもは飾っている。なのにある日、ベッドをのぞいたら、母と花ちゃんのおかっぱの頭だけがいっしょに寝ていて、私は腰を抜かしかけた。首がとれていたらしい。あわてて首を接着剤でくっつけた。そのことを友だちに話したら、

「柏葉さんちのホラーは、どこか笑える」

のだそうだ。が、この三月の地震で花ちゃんの足袋をはいた足だけが畳に転がっていて、やはりギョッとした。大きな人形なので、足も妙になまなましいのだ。

毎月来るケアマネージャーさんのことをなかなか覚えられない。ケアマネージャーさんは母を名前で呼ぶ。

「圭子さーん」

って毎月来るでしょと言っても、名前で呼ばれることなどしばらくなかった母は、けげんげな顔になって首をかしげる。親戚も友達も「ケイちゃん」と呼ぶ。誰が私を名前で呼ぶのだ?と不思議に思うようだ。圭子さんと呼ばれていたのはきっと遠い昔だ。

母が圭子さんと呼ばれていた頃の話をもっと聞いておけばよかった。両親のこと、兄弟のこと、親戚のこと、友達のこと、いろいろ話してくれたが、自分のことは案外話さなかった。胸に秘めた思いでもあったのだろうか。こたつに入ってぼんやりしている母に、何を考えてるの?と聞くと、

「いろいろす」

と答える。もう遅いけど、そのいろいろが知りたい。

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