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第10回 きりせんしょのジレンマ(2022年4月1日配信)/柏葉幸子

アメリカの推理小説を読んでいて、ニヤリとしたことがある。

息子が殺人犯だと疑われている母親が、仲の良くない近所の主婦に息子のアリバイを証言してくれと頼む。その証言があれば、息子の疑いは晴れるのだ。近所の主婦は、

「証言する代わりにあなたのミンスパイのレシピを教えなさい」

と迫るのだ。ミンスパイだったかピーカンナッツパイだったか忘れてしまったが、とにかくパイのレシピだった。殺人犯の容疑とパイのレシピが同じ価値か?母親は息子のために泣く泣く秘伝のレシピを教える。

どこの家にも秘伝のレシピがあるのだと思う。我が家にも秘伝のレシピがある。お雛様におそなえする「きりせんしょ」だ。餅と団子の中間のような蒸し菓子を言う。

盛岡は「しとねもの」とか「べんじぇもの」とか称する団子類の店が各町内に一軒はある。昔ほどはなくなったかな?女たちは、それぞれ気に入りの店があり、おやつに、手土産に、その店のものを買い求める。

私にも気に入りの店がある。でも、その店でも他の店でも、我が家の「きりせんしょ」に似たものは買えない。でも、食べたい!

仕方がないので作るぞ!と決心したが二十年ほど前だ。雛祭りが近づくと花巻から盛岡に実家の母を呼んで作り方を教えてもらった。

我が家の「きりせんしょ」は小豆をザラメで煮て田舎じるこのようなものを作り、それで粉をこねる。

「小豆も煮れないの!?」

と、あきれられ、

「まあ、こんな感じでまぜるわけ」

と、目分量で米粉と餅粉をどばどばとまぜられた。

「熱くてもがまんして練って!」

と、粉と小豆を力で練る。たいてい、2月に作るが汗だくだ。

そして、木彫りの菓子型で型抜きをする。菓子型は私の曾祖母のものだ。菓子型の後ろに、

「カスワバミヤ モヂ」

と彫ってある。昔は「かしわば」ではなく「かすわば」と呼んでいたのかと笑ってしまう。モヂとは、かしわばみやが持っている物ですの意味らしい。

菓子型は何個もあるが、今、私が使うは椿と菊が隣同士に彫ってある一つだけだ。椿は甘い小豆味、菊はしょっぱいお醤油味と形が決まっている。そこに丸めた生地を詰めこみ、菓子型の角をカンとテーブルに打ちつけて型から生地を出す。それは子どもの頃の私の役目だった。今は娘にバトンタッチした。

他の菓子型では何の味を作ったのだろうと思うが母も覚えてはいない。

蒸しあがったものを親戚やご近所に配って歩くのも私の役目だった。今盛岡に親戚はいないので、ご近所や知り合いに配る。

「豊沢町の家はきりせんしょを作らなかったね」

花巻の豊沢町に住む親戚は料理上手だったのに「きりせんしょ」だけは作らなかった。私が届ける「きりせんしょ」を待っていた。どうして作らなかったのだろうと母に聞いたことがあった。

「あそこはお雛様がないんだもの」

母はフンと鼻で笑った。お雛様を飾る家だけが「きりせんしょ」を作るのだといったニュアンスだった。祖母や母にとってお雛様を飾り、「きりせんしょ」を作って配ることはある意味ステイタスだったらしい。簡単にレシピなどもらしてなるものか!といった気迫がつたわってきた。アメリカの推理小説ではないが、母たちは、何と交換ならレシピを教えるのだろう?

そりゃ、先祖代々伝わってきたレシピだ。簡単に教えたくはなかろう。でも、作る人がいなければ途絶えてしまう。町の食堂のレシピだって同じだ。お店のご主人がいなくなれば、その味は消えてしまう。

どこかにレシピを預けるところがあって、

「もう皆さんに公開してもいいですよ」

と、なった時にみられるようにしてくれたらいいのにと思う時がある。

賢治さんも食べたという洋食屋さんの豚肉のピカタ。近所の蕎麦屋さんの鍋焼きうどん。近所の居酒屋さんでしめに必ず頼んだひっつみ。勤め先でよく出前をとったラーメン。みんなお店がなくなった。ああ、もう一度食べたい!と思う。

そして、さて私なのだが、ここ二十年、母に叱られあきれられ、やっと習得したレシピを、そうは簡単に公開したくはない。いつかは、あきらめて、誰か作ってくれる人をさがすのだろうか?まず、型押しはプロなみになった娘をおだてて将来を託そうか?でも、団子類がきらいな娘は、できあがった「きりせんしょ」を食べることはない。「きりせんしょ」のジレンマはしばらく続きそうだ。

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