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第6回 蕎麦(2021年12月3日配信)/柏葉幸子

新蕎麦の季節です。

「お蕎麦、好きですよね。いい店があるんです」

よくそういっていただいて、ご馳走していただける。のだが、内心、どきどきしてしまう。

わんこ蕎麦発祥の地といわれる花巻育ちなので、蕎麦が好きだ!と思うのだろう。もちろん、大好きだ。でも、蕎麦にはいろいろな種類がある。

私が食べられる蕎麦かな?と、不安になる。絶対、食べられないということはないが、私は、田舎蕎麦というのだろうか、藪そばというのだろうか、黒めで太めで、ぼくぼくした口あたりの蕎麦が苦手だ。

「あれが本物のお蕎麦でしょうよ」

と、鼻で笑われたこともある。

何十年も前、島根で、初めて出雲蕎麦をご馳走になった。黒くてつやつやしている。実と甘皮までひくのだという。おそるおそる割り子の一枚をとった。黒いのに口あたりはつるりとだった。おいしかった。私と同じ好みの人にこの話をすると、

「私も出雲蕎麦は大丈夫だった」

という。どうしてだろう?疑問のままだ。

私にとっての蕎麦は、白めで細めで、つるりとしたのどごしのものだ。花巻の町場で育ったので、蕎麦といえば、更科系というのかそんな蕎麦だ。

祖母たちが人力車で通ったという花巻の老舗の蕎麦屋さんは、今でも健在だし昼は並ぶことを覚悟する。子どもの頃、あの店でわんこ蕎麦を食べたよなぁと思う。今は、わんこ蕎麦はしていないらしい。

花巻の地元民は、たいてい、ざるかもりを二枚か、冷たい蕎麦一枚に温かい蕎麦一杯を頼む。だって、食べられますもん。

ざる蕎麦一枚というお客さんをみかけると、勝手に、旅行者なんだろうと推察する。

いつも、冷酒をちびちびやりながらゆっくり蕎麦をすすりたいと思うのだが、みんな立って待っているので、そんな余裕もない。

狭いお店の中に、壁を向いて一人席がある。コロナ禍の今は、めずらしくもないが、混んでもいないのに、そんな席に女の人が一人ですわるのは、めずらしかった。

紺色の制服姿の女の人がすわった。二十代後半だろうか。髪を一本に束ね、色白で化粧けはないが、きれいな人だった。楚々とした美人というのは、ああいう人なんだろう。蕎麦好きなんだろうなと見ていた。ほんとに好きだった。もり三枚にかけ一杯をずずっとすすって颯爽と帰っていった。かっこいい!蕎麦を食べる人で、かっこいいなぁと思う人をたまに見かけるのに、うどんやラーメンは、そうはいない、どころか全然いない。

 

我が家の年越しはわんこ蕎麦だ。家庭でわんこ蕎麦をする家はそうないらしく、めずらしがられる。おわんをたくさん持っているんでしょうねと驚かれる。家でわんこ蕎麦をするにしても、おわんはそう必要ない。

岩手在住の漫画家さんが描く「とりぱん」という鳥にまつわる漫画のファンだ。(鳥本体は苦手です)その中にやはり、家庭でわんこ蕎麦をするシーンがあった。とりぱんさんのおうちでは、蕎麦だしのはいった鍋を卓上こんろにかけて、一わんぶんの蕎麦を柄つきの小さいざるでだしに入れる。それを食べる人がおわんに入れて、次に食べる人のために一わんぶんの蕎麦を補充するというシステムだった。なるほどと思う。おわんは、三人で食べるなら三個あればいい。

我が家は、食べる人数ぶんのおわんの他に、フリーのおわんが五個ぐらい。そして蕎麦だしの鍋の前に蕎麦奉行といえば恰好はいいが犠牲者が一人必要になる。今は私だ。昔は祖母が母がすわっていた場所だ。卓上こんろでぐらぐら煮える蕎麦だしに、柄のついたざるで一わんぶんの蕎麦をくぐらせてフリーのおわんに入れる。自分のおわんに蕎麦がなくなった人がそのフリーのおわんから蕎麦をもらって、フリーのおわんが私のところへ帰ってくる。おわんは十個もあればいい。私はみんなが食べあきる頃からスタートする。

ねぎ、かつおぶし、のり、筋子、イクラ、まぐろの赤身、それらがトッピングで、日本酒の冷をちょろりとかける。

「えー、蕎麦に筋子!?」

気持ち悪い、無理!と顔をしかめた友達がいた。でも、まあ、ためしにどうよ?とさそったら、

「案外あうんだ!」

と、しつこくさいごまで筋子で食べていた。それ以来、怖がらずに誘うことにしている。

「わんこ食べにおいで」

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