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移住コーディネーター

都会でのキャリアを故郷に還流 
プロフェッショナル人材としてUターン

陸前高田市へ
Uターン

株式会社大武・ルート工業 システムエンジニア

村上幸俊さん

(陸前高田市出身/2021年移住)

陸前高田市出身。中学3年生のときに東日本大震災津波で被災し、栃木県の伯父の元に寄寓して栃木県内の高校に進学。埼玉県の理系大学(工学部)卒業後、神奈川県川崎市の大手システム会社に就職しシステムエンジニア職に従事。2020年にUターン転職活動を始め、民間の転職エージェントサービスを利用し内閣府事業「プロフェッショナル人材事業」の株式会社大武・ルート工業(一関市)の求人とマッチング。2021年2月に陸前高田市に移住。同年4月より同社のリモート勤務社員1号として勤務。(2022年度取材)

震災をきっかけに離れた故郷
同郷の妻との出会いがUターンの契機に

地方への転職を考えた時、仕事探しの有効な方法の一つが、内閣府の行う「プロフェッショナル人材事業」です。潜在成長力ある地域企業に対し、企業の成長戦略を具現化していく人材ニーズを掘り起こし、民間人材ビジネス事業者に取り繋ぎます。特徴的なのはそのマッチング方法。「●●経験何年以上、年収●●●万円」といった抽象的な求人情報ではなく、その企業が求める業務・ミッションに対し、それを解決するための人材像を明確化して、取り繋ぎ先の人材ビジネス事業者が把握している魅力的な人材とマッチングをします。

陸前高田市出身の村上さんは、この事業を使って一関市の株式会社大武・ルート工業にUターン転職しました。
「陸前高田は、お金を使わなくても海・山・川とたくさんの遊び場があって、週末は父や2人の兄と一緒に釣りに行くのが楽しみでした。釣ったアイナメは自分で捌いていたんですよ。」と子ども時代の思い出を話す村上さん。
野球部に打ち込んだ中学生活の終わりに、東日本大震災津波が発災。自分たちの卒業式を控えていた体育館は避難所に一変し、村上さんもご両親と連絡がつかないまま避難所で夜を過ごすことに。発災から3日後、車で迎えてきてくれた栃木県の伯父の元へ、お兄さんと身一つで引っ越し。両親の訃報が届いたのは、発災から2ヶ月が経ってからだったそうです。

栃木県の高校を卒業後、埼玉県の大学に進学し、プログラミングを専攻。そこにはお父さんの影響がありました。
「父は趣味が多い人で、プラモデル制作もその一つでした。父と一緒にプラモデルを作って楽しかった思い出が、モノづくりの仕事を目指す原動力になりました。」
卒業後は神奈川県川崎市の大手システム会社に就職。システムエンジニアとしてモバイル向けオペレーティングシステムを開発するなど日々仕事で研鑽を積む中で、プライベートでは、24歳の時に神奈川と宮城の遠距離恋愛を実らせて結婚。第一子も誕生しました。
同郷の奥様との出会いは大学生の時。東京で開催された東日本大震災津波の被災学生を対象としたイベントで、仙台の大学に在学中だった奥様と知り合いました。
「結婚を機に妻と神奈川で一緒に暮らし始めましたが、長女が小学校に入るまでには、陸前高田に戻りたいというのが二人の共通の思いでした。妻の母と同居するための二世帯住宅を陸前高田に新築し、それから自分の経験が生かせる転職先を探すことになりました。」

勤務先は陸前高田市に限定せず、リモート勤務も希望していたことから、より細かい採用条件の折衝ができるように民間の転職エージェントサービスを利用。そこで、オーダーメードのトレッドミル(ランニングマシン)や自動ネジ供給機の国内トップメーカーで、世界30ヵ国への販売実績のある一関市の株式会社大武・ルート工業に出会います。

 
(左)桜名所百選にも選ばれている「北上市立公園展勝地」でお花見
(右)あじさいの時期だけ約1ヶ月間オープンする「みちのくあじさい園」にて(一関市)

 

システム開発を強化したい会社と
新スキルを獲得したい村上さんがマッチング

株式会社大武・ルート工業は、好調な自社製品の製造・販売の裏で、販売社内システムの開発担当者不足という問題を抱えていました。それを解決するプロフェッショナル人材として、多くのITスキルを保有する村上さんと出会いました。
「採用面接はオンラインでスムーズに進みました。開発予定のシステムはとても興味のある内容でしたし、経験豊かな上司のみなさんとお話ししているうちに、入社の意欲が高まりました。」
株式会社大武・ルート工業ではリモート勤務者の前例はなかったそうですが、村上さんの希望を受け止め、2020年末に採用が決定。引っ越しなどの十分な猶予を持ち、2021年4月からリモート勤務社員1号として勤務がスタートしました。

現在は陸前高田市で妻と二人の娘、そして義母と義妹と暮らす村上さん。
「妻のもう一人の妹や祖母もよく遊びにきてくれるので、私以外は女性ばかりですが、とても賑やかに過ごしています。都会で頼る人がなく妻と二人で子育てしていたときと比べると、一緒に子どもを見守ってくれる身内がいる安心感はかけがえがないですね。」
身内以外にも、人との触れ合いの機会はいたるところに。
「近所の方は、家庭菜園に留まらずちょっとした畑を持っている方が多く、野菜のおすそ分けをよくいただきます。回覧板が回ってくる時も立ち話したり、ポストインの荷物なのに一言声をかけてくれる配達員の方が多かったりと、この人付き合いの温かさが陸前高田だなと、帰郷したことを実感します。」

会社は“ノー残業”を徹底しているため、リモート勤務の村上さんも、定時の17時頃には毎日終業。週の半分は、保険の外交員をしている奥様の方が帰りが遅くなるため、その日は保育園へ娘たちのお迎えに行き、夕飯の支度をして、奥様の帰宅を待つそうです。
「都会にいた時は、往復で3時間近く通勤に時間がかかることもありました。通勤がなくなり空いた時間は、家事や育児をしたり、自分の勉強に充てたりしています。もしパフォーマンスが落ちたらリモート勤務が解除になってしまうのでは?なんて心配もあるので、勉強にも力が入りますね。」

震災から10年が経過し、復興、そして新しいまちづくりが進む陸前高田市。大きな公園や児童コーナーのある市立図書館など、遊びにいく場所も身近に多いそうです。もちろん、海や川など自然の遊び場が多いのも魅力。村上さんも、娘たちが大きくなったら広田湾へ一緒に海釣りに行くのを楽しみにしていると言います。
そして飛躍的に向上したのが、道路の交通インフラです。2021年12月、復興道路として建設が進められた三陸道(三陸沿岸道路)が全通しました。仙台から八戸まで全長359km、うち333kmが無料区間です。
「陸前高田から仙台まで車で3時間半かかっていたのが、三陸道を使うと2時間半と1時間も短縮しました。今年のゴールデンウイークは、三陸道で仙台まで行き、仙台からは東北自動車道に乗って、栃木の伯父の元へ遊びに行くことができました。一度も一般道に降りることがなく、本当に便利になったと感じます。」

成長を続けるまちで、「まちにも会社にも、必要とされる人材になれるように自分も成長を続けたい。」とお話しする村上さん。
震災をきっかけに、これまでに多くの移住者たちが復興・新しいまちづくりに挑戦し、活躍してきた陸前高田市。震災から10年ぶりの帰郷を果たした村上さんの思いが、故郷の成長をさらに後押しします。

 

 
(左)陸前高田市気仙町のお祭り「けんか七夕」の七夕山車
(右)2021年に海水浴場として復活したばかりの高田松原海水浴場で砂遊び

 

Q&A

陸前高田市でお気に入りのスポットは?

発酵食をテーマとした複合施設「陸前高田発酵パークCAMOCY(カモシー) 」が2020年末にオープンしました。家から近いので、娘たちと散歩がてらよく出かけます。施設内には、「発酵定食、発酵デリ、パン、チョコレート、クラフトビール」など、発酵なしには作れない美味しいものがたくさんあります。我が家はパンがお気に入りです。

仕事でのこれからの目標は?

市内には新しい施設ができたり、テーマパークの建設も始まったりしています。一市民として楽しみにするだけでなく、仕事で協力・共栄のチャンスがあればぜひ貢献したいですね。
そして全社員50名ほどのうち、私のようにリモート勤務社員は他に1人います。このままリモート勤務を希望する人には、それが適う職場であってほしいので、自分がいずれ管理職になったときには、それを応援するような上司になりたいですね。

リモートワークの工夫は?

コワーキングスペースを利用する方法もあると思いますが、私の場合は社外秘のシステム開発なので外での作業は厳禁です。家では、座りっぱなしの腰の負担を軽くするためスタンディングデスクを使ったり、作業しやすいマルチディスプレイにしたり、集中しやすい環境づくりをしています。
あとは、わからないときは一人で悩む時間がもったいないので、すぐに社内の人に相談できるように、オンラインツールを活用しています。出勤するのは月に数回ですが、その時は、他の社員の方が気さくに話しかけて下さるので、コミュニケーションを深める機会になっています。

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